オタクはかく語りき

青春と人生の大半を捧げたおたくの話

2回目の加藤成亮までの道のり

春の全国ツアーが終わってからは毎月発売する雑誌を片っ端から買い込み、出演するテレビ

出会いとはじめまして

2004年。

高校1年生、15歳の夏。その当時、兄の影響もあり私は所謂二次元、アニメや漫画が好きでその延長線上でコスプレという趣味を持っていた。 その日、地元のスーパーへお母さんと買い物へ行き、ついて回るのが飽きた私はお母さんと別れぶらぶらしながら本屋さんで足を止めた。特に目的があった訳でもない。別に好きな訳でもない。何故か手に取ったのは所謂ドル誌。アイドル雑誌だった。

両親が若い頃からずっとバレーをしていたおかげでテレビで放送するバレーの試合がリビングのテレビについている事は多かった。「試合でたまたま見たグループ」が「何故か手に取った雑誌の表紙」に居た。NEWSだ。

何も考えずページを捲る。バレーの子達ね、くらいの気持ちだった。山PのPてなんなんだろ、そんな風に思った私の目はページの端に居た1人のアイドルを離さなかった。

見た事ない。誰。

初めてガンダムWを見てカトル・ラバーバ・ウィナーを見た時と同じような感覚に襲われた。

かっこいい。うわっ、眩しい。

嘘だと思われるけど、目の前に花畑が広がって明るくなった。ちなみにピンクと白の花畑だった。

見てはいけないものを見たような気がしてそこでその雑誌を閉じて私はお母さんの元へ戻った。なんでもない顔をしていたけど、心臓の音が体の中だけじゃあ収まりきらず周りの人にも聞こえてんじゃないかくらい高鳴っていた。

これが全ての始まりで、私と加藤成亮の出会いだった。

 

次の日、学校での私の行動は早かった。

同じクラスにジャーニズ好きが居る事を知っていた私はその子に話しかけた。

「NEWSですごくかっこいい子いるよね?!名前が分からないの!教えて欲しい!」

当たり前だけど、どのアイドルにでも当てはまるようなそんな特徴で分かる訳もない。その子がなんとなく困惑しているのを覚えている。

もう少し細かい特徴を絞り出した結果、「眉毛が濃いめ!」これが精一杯だった。

だけどそんな私にクラスメイトは「草野くんじゃない?明日CD持ってきてあげるよ、名前と顔が載ってるから分かるよ!」

とにかくその日は頭の中に雑誌の顔。草野という名前。こればかりがあって授業どころではなかった。今考えればおかしな話だしこれを書いてる自分で少し笑ってる。

待ちに待った翌日、持ってきてくれたCDの歌詞カードにはNEWSのメンバー全員の顔写真と名前が載っていた。セブンイレブン限定で発売されていたシングル、NEWSニッポンだ。

クラスメイトが教えてくれた「草野くんはこの子」からの秒もかからず、「この子じゃない」

違った。この子じゃない。あの雑誌のあの花畑の子はこの子じゃない。もしかしたら私が勘違いしててあの雑誌に載ってたのはNEWSですらなかったのかも。せっかくCDを持ってきてくれたクラスメイトと私の間に変な空気が流れた。一体、あれは誰だったんだ…少し落胆しながら他のメンバーに目を向けた時、居た。

私「この子!この子だ!加藤…なに?」

「え、こっち!?草野くんのが眉毛濃いじゃん!」

私「この子も濃いよ!下の名前なんて読むの!?」

加藤成亮、かとうしげあき」

私「しげくん…」

今思い出せば、初めて名前と顔が一致した日から私は成くんと呼んでいた。そして、加藤成亮という名前を綺麗だと思った。名前の音と字の並び方。まだ得体の知れないアイドルだったけど顔に合った名前だと思った。

そこからの私は下り坂を転がり落ちるスピードで加藤成亮とNEWSにのめり込んでいった。

 

 加藤成亮とNEWSを教えてくれたクラスメイト(以下H)とはそれまではただのクラスメイトだったのにその日を境に一緒にいるようになった。

彼女は内博貴くんが好きだった。地元が実は近かったこともあってとにかく朝から晩までNEWSの話ばかり。ずっとアニメや漫画が好きだった私には未知の世界であり、Hにいろんな事を教えてもらった。

当時、FCがなかったNEWSに会うためには情報局というものに入らなければいけない。葉書を大量に送らなければならない。

とにかく全てが楽しかった。NEWSとアイドル加藤成亮を知っていくことが。

 

NEWSが初めての全国ツアーを行うと知ったのは冬だった。私とHは迷う事は無く申し込みを済ませた。

コンサートに行くのは小学生の時に行ったモーニング娘。以来。Hからチケット当選の連絡を受けた時はなんとも言えない高揚感だった。

そう、以前私はアニメや漫画が好きだった二次元オタク。どんなにアニメのキャラクターが好きでどんなに漫画の世界にのめり込んでも本人達に会う事は絶対になかった。憧れた人に会える、それは夢のような現実。

団扇を作り、当日着ていく服に悩んだ。今思えば「どシンプルな団扇」と「その辺に買い物へ行くような服」。でもあの時の私は成くんに会うために真剣だった。

そんな装備で会場に到着しグッズ売り場でしこたま成くんのグッズを買った。ポスターがかっこよすぎて泣きそうになって、団扇がかっこよすぎて泣きそうになって、写真が(以下同文)

再三言うが二次元オタクだった私のキャパシティではここまでが限界だった。好きな物のグッズを欲しいだけ買うためにお金を払う。

会場内に足を踏み入れた時、まるでそこは夢の世界に思えた、ここで成くんに会える。席に着いた時はもう震えていた。

ジャニーズファン初心者だった事もありチケットの座席文字だけじゃあどこかも分かってない、調べることもしなかったからまさかスタンドの2列目に座ることになるなんて。

隣りの席には誰のファンが座るんだろうどんな人が来るかな、Hとそんな話をしていた記憶がある。

開演時間が近づくと隣りに私たちと同い年くらいの2人組がやってきた。多分、向こうもこっちが気になってたんだと思う。自然に「誰のファンですか?」「何歳ですか?」「どこから来たんですか?」そんな話をずっとしていた。

こういう交流は二次元オタクでコスプレをしていた私には正直手馴れたもので、ジャニーズファンもこういう風に友達を作ってくんだなと思った。

そんな時、どこからともなく聞こえてきた声、「NEWS!NEWS!」え、なに?(心の声)

多少の困惑はあった分、声は小さかったけど周りと声を合わせて私も「NEWS」とコールをした。今となれば開演前にNEWSコールをすることなんてまぁない、あの頃の私は純粋で本当にNEWSと成くんを待ってたんだと思う。

会場が暗くなってからは目の前で動く世界について行くのに必死だった。

これを書いている時に鮮明に思い出したのは、慶ちゃんがスタンドのどこかに突如現れ「コンサートを始めるぞー!」て言っていた姿。本当に生まれて初めて見たジャニーズの人だったから覚えてるのか?

気づけば成くんが居て、他のメンバーが居て。手を伸ばせば届きそうな場所に立っている。その事が信じられなくて、泣いた…かどうかは覚えてないけど、多分泣きそうになってたと思う。

見ているだけで必死だった。だから、成くんのソロで成くんが何を歌ってるかなんてもう理解不能。(失礼な奴だな。)

ラップだったんだよ、ソロが。それは今思えば迷走していたんだろう、自分を探してあの時の彼は必死だったのかな。

終始アワアワしてた私が一番覚えているのは成くんと手越さんが2人で作って歌った「ごみ箱」。この公演で手越さんはAメロ?の歌詞がぶっ飛んでほとんど歌えてなかった。

アコギを弾きながら「どうした?」て心配した目で手越さんを見ていた成くんを覚えている。

「あぁ、コンサートて本当に生で同じ公演は二度ないんだな」

ジャニーズファン初心者の私でも分かった事だった。

それと印象強かったのはこの公演の終盤、隣りの席のまっすーファンの子がまっすーにファンサービスを貰ってた事。「そんな事あるの!?」二次元オタク上がりの私にはキャパオーバーだった。羨ましいとか私もほしいとかそんな感情はなく、ただただスゲェエ!!て思った。

色んなことがたった2時間半くらいで起きて公演終了後の帰り道の記憶だけが今どうしても思い出せない。(ただの記憶力の低下かもしれない、老いって怖い)

この日から私は全落シリーズ(とんねるずさんの番組の企画)でホールインワンを取るレベルで加藤成亮とNEWSに落ちていった。